真田丸ツーリング(大阪夏の陣編)

 26, 2016 23:00
藤井寺市の岡ミサンザイ古墳が、2つ目の真田丸とする説もあるようです。

この辺りは、古墳群がありまして、
徳川が奈良側から入ってくるのに、
真田信繁(幸村)が要塞として開発したようであります。

但し、今回のツーリングでは、ここは訪ねてません。




その次が、番組によると、大阪市生野区にある御勝山(おかちやま)古墳。
歴史秘話ヒストリアによると、その時代は、岡山という名前だったようであります。
そして、最後の真田丸は天王寺の茶臼山古墳であります。

それぞれを巡ってみました。






DSCN5035.jpg

勝山通りを東向きでJR大阪環状線のガードのところで撮りました。


これを進んでいくと、御勝山古墳にたどり着きます。






DSCN5037.jpg

先ほどの標識から1km弱ですね。



DSCN5038.jpg

真田丸を4つと数えるのなら、こちらは3つ目。




テレビでは、
先ほどの御勝山古墳と茶臼山古墳を結ぶ堀が掘られていたと紹介されてました。



真田丸3-2

茶臼山を出てすぐの谷町筋の一番地盤の低くなっているところが起点の
堀が掘られていたということで、実際に走って検証してみました。
この堀も学術的には確定されていないようでありますが、
地盤の低い場所を巡ってみました。

そして、地図上に線を引いてみたのが上の地図であります。



御勝山古墳から走ってみますと、
今の生野区役所の裏の道がそのように感じました。

そして、メガネの愛眼のある猫間川筋で斜めに進みます。
この猫間川筋というのは、今でも道路の下に猫間川という川が流れています。
つまりは、暗渠になっているということであります。

もし、これが当時の堀の名残だったならば、
猫間川は、真田信繁が作った川ということになりますが、
定かではありません(^^♪



そこから次の写真の信号で右折すると、


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JR環状線のガードに当たります。



JR環状線を越すと、
左側が寺田町、
右側が国分町になってます。
国を分ける・・・という何か意味深な地名であります。
それもあって、ここに堀があったのかな?
と感じてます。

右(北)側が豊臣、左が徳川ってことで。


DSCN5048.jpg

そして、寺田町交差点の国道25号線でもなく、玉造筋でもなく、
セブンイレブン横のこの路地へと続きます。




そして、この後は、恐らく玉造筋を南に進んで、
理系教科書の出版社啓林館(ノーベル賞の大隅教授が監修した教科書もあります)の南側を西へ進むと、



DSCN5057.jpg

この路地に。


この路地を進むと、本田真凜ちゃん、本田望結ちゃんゆかりの七田チャイルドアカデミーがあり、
(随分前ですが、実際にここでその2人を見たことあります)
そこの信号を渡ると、

DSCN5058.jpg

この右の天王寺中学へ出ます。

ちなみに、この中学は、水泳の入江陵介君が通ってた学校であります。


って、この狭い道に、今も有名な人物関連が続いてるんですな・・・・・




このまま先に進むと、



DSCN5059.jpg

庚申堂(こうしんどう)へ出ます。
って、走行中に撮ったのでピンぼけしてますけど(^^;


そのまま進むと、これまたとある人が浪人中に通った夕陽丘予備校。



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って、私ですけど(爆)



それを過ぎると、

DSCN5062.jpg

この写真のトラックの向こう側に出てきます。
信号も何もない場所ですけれど、
テレビで言ってた通り、一番窪んでおります。

四天王寺から南にハルカス方向に向かっていって、
そこが一番低くなっているんですな。


とりあえず、この信号を渡って、
先ほどの路地から、この大通りの谷町筋を渡った次の写真のこの部分を更に西に進みますと、

DSCN5065.jpg


今はこのアルミ格子で通り抜けられないですけれど、


DSCN5067.jpg

茶臼山古墳に突き当たります。


一度、谷町筋に戻って、北へ進むと、
ファミリーマートがありますので、
その奥に茶臼山古墳の入り口があります。



DSCN5070.jpg


そう、ここに書かれているように、大阪冬の陣では、徳川家康の本陣、
夏の陣では、真田信繁の本陣(最後の真田丸)となりました。


この碑は、平成26年に北隣の一心寺が寄贈したようです。



DSCN5071.jpg

この古墳は登れますので、登ってみます。
って、何十年か前にも彼女とデートで登ったことがありますけどね。
その後、この近所のラ〇゛ホで・・・・・汗


って、文字通りの大汗かいたんですかね?(爆)





DSCN5073.jpg

昔はなかった真田幸村関連の説明書なんかがありますが、
こちらもかなり新しくて、当然、1年以内なんでしょな(笑)








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池の畔には料亭阪口楼。
後ろに、あべのハルカス。



DSCN5082.jpg

その反対側は通天閣があり。






DSCN5084.jpg


この辺りは、天王寺公園の裏側にもなりまして、
住友の元居宅だった慶沢園という庭園があったり、
美術館があったりという
これまた、歴史的な地区であります。





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DSCN5086.jpg

この夏の陣の時、四天王寺に陣取った毛利勝永が、
徳川方の進入を待ちきれずに、徳川へ向けて進軍していってしまったことが、
夏の陣の豊臣方の大きな敗因となったようであります。

せっかく、茶臼山を真田丸化して鉄壁の守りに備えていたのに、
誘い込まないと意味がなく、
真田信繁はすぐに徳川に追われることとなったようであります。




その茶臼山の北には、

DSCN5087.jpg

この写真の一心寺があります。

参拝客がとんでもなく多く、この辺りでは四天王寺と二分するというか、
たぶん、四天王寺よりも参拝客数は多いように感じます。


その一心寺を25号線(この辺りは天王寺七坂の逢坂でもあります)を渡ると、



DSCN5091.jpg

この安居神社があります。
写真にある通り、信繁(幸村)の没した地であります。


中へ入ってみます。


DSCN5095.jpg

この松の下で息絶えたということであります。




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DSCN5099.jpg

ちなみに、安居神社側から一心寺を見るとこんな風景であります。


そして、この道をこの写真で見る上(東)に進むと、




DSCN5102.jpg

先ほど紹介した四天王寺。
写真ではわかりにくいですが、
大阪市内では一番大きい敷地面接があると思います。
ハルカスの展望台から見える物件の中でも一番大きく見えますかね。
ま、近いからというのもありますけど(笑)




そこから、もう一度南(ハルカス方面)に100mほど行きますと、




DSCN5104.jpg

この風景であります。


結構、窪んでいるでしょ?



真田丸3-2

先ほどの地図をもう一度貼り付けて整理。
って、字が小さすぎ? (;´∀`)




ま、そんなこんなで地元ツーリングはこんな感じで終了。



走行距離   27.79km
平均時速   17.9km/h



けれど、地元の歴史探訪というのも楽しいものでありますね。
色々と堪能できました。



興味ある方は、巡ってみられてはいかがでしょうか?
ここの書いた茶臼山と岡山を繋ぐ堀の跡地巡りに関しては、
学術的な証明がありませんし、
私個人の勝手な検証であります。

正しいのかどうかはわかりませんことをご了承下さいまし。




そして、その後、
遠回りランニングをして居酒屋まで(笑)
このランニングのおかげで、ランニングの年間目標は達成しました(^^♪





PS

ちなみに、



大河ドラマの真田丸・・・・・





第1回目の放送の10分だけを見て、



面倒くさくて、以後一切見なかった



というのは、ここだけのハナシであります(自爆)




 





2017年元旦

更に追記であります。
後日、先に記した番組をもう一度見直してみましたら、
真田丸の西側もハッキリとは限定されておらず、
明星高校の塀沿いではないようですね。
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COMMENT 2

Tue
2016.12.27
20:39

Dr.かずちゃん #-

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それにしても凄い歴史検証記事ですねぇ。
この内容で本が1冊書ける・・・
いや、2時間特番ができそうですよ。(@_@)

これだけの内容を書かれてるのに、
実は大河ドラマは見てなかったんですね。(爆)

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Tue
2016.12.27
23:21

yusuke #-

URL

 Dr.かずちゃん

いやぁ~、ずっとやりたかったポタなんで、
物凄く楽しかったのでありますが、
ここにまとめるのが大変でした(^^;

>実は大河ドラマは見てなかったんですね。(爆)
朝ドラと大河ドラマはいつもとりあえず録画しておいて、
最初の数十分で心を捉まれたら見るんですけどね(笑)

カミサンは最後まで見たようです。

Edit | Reply | 

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