漫画雑誌
2009年09月22日 公開
私は、少年ジャンプとか、マガジンとか、サンデーとかそういうの・・・・
読んだことがないのです。
別に嫌いってワケじゃないけど、特に読みたいとも思わなかっただけ。
そんな私ですが、2つだけ一時読み続けたことがあります。
ひとつは、ぼくらマガジン。
知らないって?(笑)
私が本当に子供というか、小学校に行くかどうかの頃だったと思う。
母親にねだって買ってもらってた記憶がある。
当時、そういうのをオネダリしても買ってもらえるような家庭環境ではなかったけれど、
交通事故で右手が不自由になって、リハビリで病院通いを続けていたというのも
買ってもらえる理由のひとつだと思っている。
ちなみに、右手は今でも完全には動かない。
とにかく、当時の私はタイガーマスクが大好きだったのだ。
子供向けアニメなのに、あの切なさと言ったら・・・・
アニメがキッカケで読むようになりました。
ま、とにかく、ひとつは、それだったのだ。
そして、もうひとつは、
もう少し大きくなって、高校を卒業したくらいか?
たまたま読み始めたら、気に入った漫画が週刊アクション。
それを読んでて、突如、変な漫画の連載が始まったのを覚えている。
4コマ漫画のような形態なのだが、それが20~30コマ程度あって、
それが無茶苦茶面白くて、一人で読んでても腹を抱えて笑ってしまうほどだったのだ。
主人公は、幼稚園児なのだが、異様にアダルトでシモネタ満載。
けど、面白おかしくて毎週毎週楽しみに待つようになった。
今でも、初めて掲載された時の驚きというのは、記憶に残っている。
もちろん、ネタまでは覚えていないけれども。
その漫画のタイトルはもちろん、「クレヨンしんちゃん」。
数年後、アニメ化された時は、かなり子供向けにデフォルメされていたのが、
ホッとしたような、残念だったような。
ま、その頃には、子供も生まれていたので、
子供向けにデフォルメされてる方が良かったのではあるけれども(笑)
とにかく、完全に大人向けの漫画だったのは確かである。
結局、週刊アクションはトータルで2年程度読み続けたと思う。
そんな作者が亡くなってしまった。
本当に、アクシデントであって、
ご本人もまだまだ死ぬことなんて予想もしていなかっただろうに、
とても残念である。
もちろん、アニメ化されてからは、
子供達と一緒でないと見るということはなくなっていたけれどもね。
そして、あんなマイナーな雑誌でデビューした漫画家の
そんなにマイナーな漫画で、こんなにもメジャーになっていくという顛末を
同時進行で眺めていられたことがなんだか嬉しくて、
まるで自分が成功したのに近いような感覚で応援してました。
ご冥福をお祈りしたいと思います
と書いてるのに、
下世話なことも考えてしまうのが私という人間でありまして・・・・
当時の、初出誌を今も持っていたら、
軽く10万円以上では売れただろうに・・・・
って 大汗
読んだことがないのです。
別に嫌いってワケじゃないけど、特に読みたいとも思わなかっただけ。
そんな私ですが、2つだけ一時読み続けたことがあります。
ひとつは、ぼくらマガジン。
知らないって?(笑)
私が本当に子供というか、小学校に行くかどうかの頃だったと思う。
母親にねだって買ってもらってた記憶がある。
当時、そういうのをオネダリしても買ってもらえるような家庭環境ではなかったけれど、
交通事故で右手が不自由になって、リハビリで病院通いを続けていたというのも
買ってもらえる理由のひとつだと思っている。
ちなみに、右手は今でも完全には動かない。
とにかく、当時の私はタイガーマスクが大好きだったのだ。
子供向けアニメなのに、あの切なさと言ったら・・・・
アニメがキッカケで読むようになりました。
ま、とにかく、ひとつは、それだったのだ。
そして、もうひとつは、
もう少し大きくなって、高校を卒業したくらいか?
たまたま読み始めたら、気に入った漫画が週刊アクション。
それを読んでて、突如、変な漫画の連載が始まったのを覚えている。
4コマ漫画のような形態なのだが、それが20~30コマ程度あって、
それが無茶苦茶面白くて、一人で読んでても腹を抱えて笑ってしまうほどだったのだ。
主人公は、幼稚園児なのだが、異様にアダルトでシモネタ満載。
けど、面白おかしくて毎週毎週楽しみに待つようになった。
今でも、初めて掲載された時の驚きというのは、記憶に残っている。
もちろん、ネタまでは覚えていないけれども。
その漫画のタイトルはもちろん、「クレヨンしんちゃん」。
数年後、アニメ化された時は、かなり子供向けにデフォルメされていたのが、
ホッとしたような、残念だったような。
ま、その頃には、子供も生まれていたので、
子供向けにデフォルメされてる方が良かったのではあるけれども(笑)
とにかく、完全に大人向けの漫画だったのは確かである。
結局、週刊アクションはトータルで2年程度読み続けたと思う。
そんな作者が亡くなってしまった。
本当に、アクシデントであって、
ご本人もまだまだ死ぬことなんて予想もしていなかっただろうに、
とても残念である。
もちろん、アニメ化されてからは、
子供達と一緒でないと見るということはなくなっていたけれどもね。
そして、あんなマイナーな雑誌でデビューした漫画家の
そんなにマイナーな漫画で、こんなにもメジャーになっていくという顛末を
同時進行で眺めていられたことがなんだか嬉しくて、
まるで自分が成功したのに近いような感覚で応援してました。
ご冥福をお祈りしたいと思います
と書いてるのに、
下世話なことも考えてしまうのが私という人間でありまして・・・・
当時の、初出誌を今も持っていたら、
軽く10万円以上では売れただろうに・・・・
って 大汗
スポンサーサイト